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帰国に寄せて/山田英二

玉蘭荘での出会いと経験は、神様から私に与えられた素晴らしい贈り物でした。このように年を積み重ねていきたい!そう思わされる方々がたくさんいらっしゃいました。「お年寄りが一人存在するということは図書館が一つあるようなものだ」という言葉がありますが、玉蘭荘の皆様は知恵と慈愛に満ちていました。

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吉岡昌子さんからのメッセージ/

二〇一六年四月に、縁あって玉蘭荘を訪れることになり、ボランティアとして月曜日に伺うようになりました。会員の方々はいつも穏やかで明るく、「このように年を重ねていけたら素敵だな...」と感じさせられる方ばかりでした。スープや果物の配膳時の交流、折り紙やクリスマスカードの作成のお手伝い等、会員の方々との楽しいやりとりが思い出されます。また、ボランティアの方々も多彩な人々の集まりで驚かされました。毎週美味しいスープを作られる料理上手はもちろんのこと、蘭々工房では色んな方が〈先生〉となって下さり、楽しい会話とともに、中国結び、ビーズ、刺繍など幅広い手芸に触れる機会も与えられました。一度日本に帰国いたしますが、主人が台湾人ですので、これからも台湾と日本を行き来する生活が続いていきます。台湾に戻ってきましたら、また玉蘭荘にも伺いたいと思っております。ありがとうございました。

信じるとは/理事長 都丸正夫 

台湾は総人口に当たる寺院の数が今でも世界で一番と聞いています。その民間信仰の種類も五花八門で、ありとあらゆるものが存在しているといっても過言でないくらいで、信徒たちも熱心で、慈済という仏教団体だけでも毎年数百億元、日本円になおすと約千億にもなる寄付があり、その活動も多面にわたり非常に大きな影響力を持っています。台湾の民間信仰には、迷信に陥りやすい非知識階層者だけでなく、知識階層の多くも積極的に参与しています。

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活動日おしゃべりの時間に/余甚足

活動日のおしゃべり会の時間に、劉心心文集より、一編の詩を朗読させて頂きました。

「私は台湾語で書きたくても文字がない。中国語や英語で書くには自信がない。素直に思う通りの表現が出来るのは日本語だけなの。でもこどもも孫たちも日本語は解らない。私が日本語で書いても家族の誰が読んでくれるのでしょう・・・。

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玉蘭荘の香り/呉明月

私の生まれた家庭は、先祖伝来の仏教徒でした。幼い頃より、祖母や母が朝晩仏壇の前で線香をあげていた姿をよくおぼえております。

結婚後の蔡家も同じ仏教でした。仏壇には仏像や位牌が祭られており、位牌の中の木の札には、蔡家の故郷は大陸の済陽だとも示されてあり、其の外の木札一枚一枚には、先祖、祖父母、父母、それに主人の兄、この兄は大東亜戦争中、フィリピンで戦死、今では靖国神社に祭られております。

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私は東門長老教会の礼拝に参加しているご縁で「玉蘭荘」という素晴らしい場所があることを知りました。玉蘭荘の事を知っていくと、ますます興味を感じるようになりましたが、そこには三つの大きな魅力がありました。ひとつは、これが最大の魅力ですが、日本語を使う環境だということです。日本語を勉強中の私にとっては、学習の成果を生かし、また生きた日本語を学ぶまたとない環境です。ふたつめは、多くの優秀な牧師のお話や講義があることです。魂が満たされることによって、人は生命の意義を考えることができるのです。そして三つめは、この玉蘭荘が非営利の高齢者の活動センターであることです。ちょっとしたお手伝いをきっかけに高齢者の皆さんと直接ふれあうことで、年長者の生活の知恵を授かることができるのです。

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私のアコーディオン人生/牧師 廖正行-151

幼い頃、私は西螺という小さな町に住んでいました。ある時、宣教師と仲間のグループが市場の空き地に大きなテントを張って、毎日伝道のイベントを行っていました。そこでは一人の人がアコーディオンを演奏し、それに合わせて人々が賛美歌を歌っていました。そのアコーディオンの優雅な音、右手が奏でるメロディーと左手のボタンから出る和音、そして蛇腹で刻まれるリズムに、私はすっかり惹き込まれてしまいました。

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夫呂克明の生涯/林幼緞-151

私の夫・呂克明は、二〇一六年一月二十一日の夜、主に召されて天国へ行きました。私達は彼の信仰を尊重して、二月六日にキリスト教の告別礼拝を教会で行いました。寒空の下、多くの友人、玉蘭荘の兄弟姉妹に参列していただき、心から感謝を申し上げます。

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