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バッジは今の社会でも良く使用されている一つの飾り物でもあります。

学生たちはかばんに学校のバッジを付けています。役所の人たちもよくその勤め先のバッジを制服に付けています。社団法人の職員たち(例えばロータリークラブのメンバー)もよくそのクラブのバッジをスーツに付けています。その外に大企業の人、工場の工人、軍隊の長官や仕官などもそれぞれのバッジをスーツの胸や肩、或いは帽子につけます。

これ等のバッジは、見せる相手に自分の身分や職場を分り易く見分けるためです。

同時に相手は自分の団体や職場の人を見分けられ、仕事の連絡がたやすくなり役立ちます。

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今年は春の訪れが例年に比べて大分遅いようです。台湾では新旧二つの正月があり、気候的にも寒さが長びいたためでしょうか、春の到来が緩やかになり、さあ春だと腰を上げて何かする意欲が鈍くなるのも、私等シルバー族の性でしょうか?ふと目をあげてカレンダーを見ると既に三月中旬でした。さあ、いよいよ春がやってきました。冬眠から醒めて、前に向かって頑張りましょう。

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許長老が天国に召された知らせを受けて、それは勝利であり、死ではないと私たちは思います。許長老の新しい生命の始まりです。

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「人生の海の嵐に、もまれ来しこの身も、不思議なる神の手により、命びろいしぬ。いと静けき港に着き、我は今安らう。救い主の手に在る身はいとも安し。」

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私達の敬愛する玉蘭荘前理事長許石枝長老がお亡くなりになられ、とても辛く悲しい思いを致しております。彼は私達の尊敬する信仰の大先輩であられるばかりでなく、より良き社会を築くべく熱心に心を砕かれ、台湾民主運動にも、並々ならぬ尽力と貢献をなさった方です。しかし、今では既にこの世を去られ、天に召されました。

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私が六年前玉蘭荘に入会した頃、許石枝長老は既に二期八年玉蘭荘理事長をなされ、高李麗珍女史(高俊明牧師夫人)が理事長をなさっておられました。(以前、許長老は財団法人楽山園の理事も担っておられたと聞いております。)

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許石枝長老を偲んで/邱明慧(理事)

二月二十三日、菊野さんからお電話で許石枝長老が亡くなられたとの知らせがありました。其の時、私は只呆然として聞いた耳を疑いました。遂二、三日前、張明徳常務理事から連絡があり、許長老のご病気は改善に向かって居り、意識も徐々に回復しているので、救急室から普通病室に移されたと伺っており、陳旭星理事からも電話で二月二十一日、一緒にお見舞いに行こうと誘われたばかりなので安心していた矢先、正に晴天霹靂の思いでした。

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再見する事なくこんなに早く、私が敬愛します兄とも想いお慕いしていました許石枝様と永遠(とわ)にお別れの日がおとづれようとは、神ならぬ身の私には何としましても、許し難い訃報で御座いました。

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