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李登輝元総統を偲ぶ/龔昭勲

昨年(二〇二〇年)七月三十日、台湾のミスター・デモクラシーと呼ばれた李登輝元総統が主に召されました。彼が台湾の民主化を成し遂げたその功績は、我々に大きな影響を与えました。
日本の産経新聞の記者兼論説委員の河崎真澄先生が書かれた大作「李登輝秘録」の中国語版出版にあたり、光栄にも私が翻訳を担当させていただくことになりました。この「李登輝秘録」は昨年の七月三十一日、すなわち李元総統が亡くなられた翌日に出版され、瞬く間に品切れになり、重版されました。あの日私は河崎さんから頂いた本のサンプルを手に、テレビで李元総統の訃報を見ていました。彼が総統に在任した十年の間に、台湾の政治は一党独裁から民主化の道をたどりました。就任当初は保守勢力の反抗や妨害にあい、一時はクーデターも起こりかねない事態に陥ったこともありました。しかし彼は一歩一歩着実に改革を行い、国民の直接投票による総統選挙も実現させ、任期満了で退任した際も平和的な政権交代を行って世界中の注目を集めました。

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玉蘭荘との出会い/黃 哲彥 牧師

蔡仁理牧師から突然お電話をいだたいたのは、六、七年前のある日のことでした。蔡牧師は私と同じ台東の出身で、彼の親戚は何人も台東の教会の集会に参加されていましたし、その中の一人は私の中学時代の同級生でもありした。そんなご縁のある方からのお電話でしたので、とても嬉しく思いました。驚いたことに、その時彼は玉蘭荘の理事長を務めていて、私に玉蘭荘を紹介したいとおっしゃったのです。残念ながらその時は、それ以上の進展はなかったのですが、その時私は初めて「玉蘭荘」という名前を知ったのでした。

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イスラエルの教育/陳昭華

ユダヤ民族は非常に長い間迫害を受け続けてきたという歴史を持っています。しかし各地で隠れるようにして生き延びてきた民族でありながら、世界中のあらゆる分野で大きな貢献を果たしています。現在世界中のユダヤ人人口は約一八〇〇万人、これは総人口の〇.三%にも満たない数ですが、一九〇一年以来、実にノーベル賞受賞者の二十三%がユダヤ人なのです(部門別では、経済学賞三十七%、物理学賞二十六%、医学賞二十五%、化学賞二十%、文学賞十三%、平和賞九%)。一九四八年の建国以来、イスラエルにも十名のノーベル賞受賞者がいます。彼らがこれほど多くの優秀な人材を育ててきた背景には、他とは違った教育方法があるのです。中でも宗教教育はイスラエル人の宗教信仰を伝承する重要なもので、一番特徴的なものですが、それについての研究文献は沢山ありますので、ここではそれ以外の教育について紹介したいと思います。

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私が初めて訪台したのは、一九八七年の八月で、小学校の夏休みの時でした。当時の台湾は今のように日本人にとって身近な国ではなく、どこにあるのか、そして台湾という名称自体知らない人も多く、そして渡航の目的が短期の観光であってもビザが必要でした。私が台湾を知ったきっかけが、当時日本の子供たちの間で流行していた映画『幽幻道士』だったのですが、ちょうどその頃父が仕事の関係で頻繁に台湾に行っていたこともあり、仕事のついでに一緒に連れて行ってもらうことになったのです。父としては、世界には日本とは異なる国があり、子供の時から視野を広げて欲しいという思いで台湾に連れて行ったようでしたが、初めて見る日本とは全く違う景色と文化に衝撃を受け、その後小学六年生の時にアメリカへホームステイにも行かせてもらったのにもかかわらず、私が最終的に留学先に選んだのは台湾でした。

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友好関係が祝福をもたらす/理事長 黃春生

この度、第一〇期の理事長に就任致しましたこと、非常に光栄に思ってお ります。これは主の呼びかけであると考えています。三十数年前、「日本キリ スト教海外医療協力会」(JOCS)より台湾に派遣された宣教師堀田久子先生は、 戦争中台湾に嫁いできた日本の婦人たちが子供の成人後、言葉の壁ために台湾 社会との接触が少なく、孤独な生活をしているのを知り、彼女たちのため、信 念を持って困難を乗り越え、一九八九年に彼女たちの憩いの場所を創立しまし た。それが玉蘭荘です。三十一年後の現在、台湾も既に高齢化社会となり、政 府も高齢者の福祉に力を注ぎつつある状況です。振り返って、当時玉蘭荘の設 立はまさしく一歩進んだ考えだったと言えます。玉蘭荘を創立した信者の先輩 たちが、キリスト信仰の愛を持って、高齢者が孤独な生活から抜け出し、人と の触れ合いができる集会を築いたのは、非常に有意義な事だと思います。

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黄澤南さんを偲んで

黄澤南さんは台湾高雄出身で、若いころは漁船用具の商売をしておられた そうですが、引退後の一九九〇年にご家族と共に台北へ移住されました。そ して一九九三年六月、親友の阿玉さんのご紹介で玉蘭荘に入会されました。 当時の玉蘭荘会員の殆どが女性で、夫婦で会員になられたのは張明徳さんご 夫婦と黄澤南さんご夫婦だけでした。澤南さんが書き残された文章によると、 入会の当初玉蘭荘の創立者堀田久子宣教師は既に台湾での任期を終えて日本 に帰国されており、玉蘭荘総幹事の任務を日本キリスト教海外部(JOCS) から台湾へ派遣された大川記代子さんにバットンタッチされていました。大 川記代子総幹事は新しいメンバーの澤南さんご夫婦を熱心に受け入れてくだ さり、さまざまな活動へ導き、お二人とも愉しいひと時を満喫することが出 来ました。又、玉蘭荘のボランティアのリーダー・馬場十寸穂さんはいつも 温かい笑顔で、毎回の昼食時にはスープや果物を用意して下り、手工芸指導 の運営委員長・鄭秀珠牧師夫人も、午後の活動時間に会員たちを指導してく ださいました。このように澤南さんご夫婦は、いつも仲間たちと玉蘭荘の愉 しい集いの時間を過ごされました。

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私は小さい時に日曜学校に通い始めて以来、歌の大好きな女の子でした。師範大学の音楽科を卒業した後結婚しましたが、三年後、長女の史佳が白血病を患い、あまりにも短い一生を終えて天に召されました。その後、生活の忙しさのなかで、歌好きだったはずの私は教会への足も遠のき、歌うことも忘れてしまいました。

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私は玉蘭荘で「羅さんの拾い読み」の講座を受け持っています。この講座は元々、会員の羅梅妹さんが立ち上げたものです。羅さんは客家人の性質を地でいくような、真面目で勤勉な方です。読書が大好きで、いつも玉蘭荘の書棚の前で本を読んでいる姿を見かけました。羅さんは、自分が感動し教えられた本の内容を、一字一字丁寧に大学ノートに書き写しては、何度も読んで自分で楽しんでいたのです。その内容のほとんどは日本のお話ですが、アメリカに住むお姉さんから送られて来るアメリカのお話もあったり、台湾の本から取られたお話もあり、実に多彩でした。


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