玉蘭荘交流会を終えて 百瀬英樹 /125号

人の縁とは不思議なもので、意外な出来事から人と知り合い、そんな人と交わす会話の中から何かが始まることがあります。今回の交流会も、そんな何気ないおしゃべりがきっかけでした。世新大学で日本語聴講実習Ⅱという授業を受け持つ私は、狭い教室の中だけで語学学習するだけでなく、生きた日本語と接する実践的な機会を学生たちに用意してあげたいと常々考えていましたが、折よく今井さんのほうから、「玉蘭荘と百瀬さんのクラスとの交流会という企画も考えてみてはいかがですか」という願ってもないお話をいただきました。

 日本語コミュニケーションの生の体験もでき、台湾の社会勉強にもなり、なおかつ世代を超えた交流もできる -- これはいい企画だと思い、さっそく学生に伝えると、目を輝かせる学生もいたものの、不安そうな表情を見せる学生も少なからずおり、その様子は交流会に向けた準備をしている間もしばらく続きました。不慣れな日本語を使った、これまた不慣れな自主発表を、想像もしていなかった場所でしなければならないのですから、無理もないことかもしれません。

 しかし、いざ交流会が始まってみると、思っていた以上に堂々と発表するからたいしたものです。会は、当初の予定通り、クラス代表者挨拶、グループ発表、自己紹介、交流座談会、結びの挨拶、の順に進んでいきました。グループ発表のテーマは、『世新大学と日本語文学科と私たちの学校生活』です。世新大学は、特にメディアの分野ではひとかどの大学なのですが、玉蘭荘の方々にも知ってもらえるいい機会ということで、学生たちは、今できる力であれこれと工夫しながら一所懸命発表しました。

 その後、それぞれのテーブルで、自己紹介を経て交流座談会が始まりました。世新大学から参加した学生は三十三名、玉蘭荘からはスタッフも含め二十名ほどで、五つのテーブルに分かれて、賑やかなおしゃべりの時間が過ぎていきました。とかく緊張しがちな学生を玉蘭荘の方々がリードするかたちで進んでいきましたが、そのお気遣いには本当に感謝するばかりでした。本来の活動日ではない水曜日に交流会を催さなくてはいけないということもあり、若干の心配はあったのですが、今回の会のためにわざわざご足労いただいたこと、また、細かなところまでご配慮をいただき、楽しくお話しすることができたことを、心より有難く感じています。

一時間ほど過ぎたあたりで、飛び入りで同志社大学台北事務所の顧問・前田実さんから、台湾と京都留学に関するお話をいただきました。これもまた、交流会の意義に奥行きを加えました。交流会の終わりには、この会が催された記念として、学生一人一人に折り紙の作品が手渡されました。これだけの人数分を作っていただいたことを思うと胸が詰まる思いで、学生にとっても、大変いい思い出になったと思います。

最後に、今回の交流会を終えて感じたことを一言申し上げておきたいと思います。

学生たちは、時にはつまずいたり、だらしない姿を見せたりしながらも、毎日、がんばって日本語を勉強しています。現代はグローバル化が著しく進んでおり、彼ら・彼女らも、将来、日本人をはじめとする多くの外国人と交流することになると思います。外国語という一つの「技術」を習得することは、現代社会ではとても大切なことですが、その「技術」を使って「何を伝えるか」「何がしたいのか」ということも同じくらい大切なことです。外国語という「技術」がなければ国際競争社会のスタートラインにも立てませんが、そこから先は、その人の中身や人間性がものをいうからです。大学とは、このような、世界で通用する幅広い教養も学ぶ場です。豊かな人間性や教養を育むという目的においても、今回、玉蘭荘の皆様方から多大なるご協力をいただきました。この交流会から、学生たちが何を感じ取るかは、もちろん本人の自由です。今後、本当の意味での国際人となっていくために、また、台湾と日本が交流していく上での未来の窓口役となるために、今回の経験が彼ら・彼女らの成長の一助になればと願っています。

(世新大学日本語文学系 兼任講師)
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