真の愛国 /郭維租-(127)

 人が自分の生れ育った故郷と国を愛するのは自然の情である。その土地の自然を愛し、人を愛し、文化と歴史を愛する。そして多くの場合、外力の脅威、圧迫を受け、触発されて起る。日本の明治維新、中国の国民革命、抗日戦争等、近世の著明な例である。


 所で、自衛に始まった愛国運動は、実際上富国強兵の形を取り、そして一定の目標に達すると、今度は近隣に向って拡張するのが常である。「国防の第一線」は絶えず前進を続け、正義の自衛が、何時の間にか飽くなき侵略に変質する事に、自分では気付かない。


 私は台湾に生れ育ち、漢民族の日本人として、青少年時代に十五年戦争(一九三一~一九四五)の激動を体験し、国家、民族の問題について、つぶさに辛酸をなめた。然し慈愛の神は私を憐み、戦時下の東京で、恩師矢内原先生を通して十字架の福音を示して下さり、私の眼から鱗が取れ天来の真理に目覚め、新生の感謝と喜びに満たされた。そして戦後間もなく高橋三郎先生から四〇年以上にわたって懇切なお導きを受ける事が出来、神様に対し、恩師に対し、本当に感謝で一杯です。

 茲に私のささやかな体験と感想を述べて、皆様の御参考に供したい。


私の生まれた一九二二年は、日本の台湾統治五〇年(一八九五~一九四五)の半ばを少し過ぎ、多年の努力の功あって、社会の一般情勢はかなり安定し、台湾の子供にも進学の機会を与える事になり、私の母校となるべき台北二中と台北高校も創設された。台北には一中から四中まで有り、二中は主として台湾人学生の為であった。


一 台北高等学校

台北高校は当時旧制で、高等科は三年、各学年、文甲、文乙、理甲、理乙の四クラス、一クラス四十名。台湾人一学年四十名の内、半数は医科志望の理乙。理乙は日本人、台湾人半々で、一番問題が多い。

日本人の級友は「愛国心」強く、「非常時」の波に煽られて勉強が手に付かず、柔道やラグビーに熱中して、授業中は疲れて居眠り。台湾人は得難い機会を活用して、教育熱心な先生方の講義を熱心に傾聴。そして日本の級友は台湾人を利己主義と非難し、自分達は国士を以て自任し威張り散らして居た。


私共は日本の実情を知るには、矢張り内地の大学に進むのが良いとは思って居たが、私は家庭の事情で、とても可能性が無い。所が一九四一年三年の夏休みに一級上の江萬煊が東大から帰って来て、私共数人に東大行を奨めてくれた。心配の経費は、節約すればどうにかなるとの事。父母に相談し、何とか工面して下さる事になり、受験準備を急ぎ、東京の一番寒い時に行き、幸にして合格、四月に入学。


二 東大医学部

さすがは天下の秀才揃い、台北高校と雰囲気が随分違う。向学心強く、教養高く、しかも時局に対し何がしかの見識有りそうだ。

一九四三年新年に矢内原先生に導かれて回心、新生、三月春休帰省の時、乗って居た高千穂丸が撃沈されて、太平洋で洗礼を受け、九死に一生を得、又東大にもどり、医学の勉強を継続。


一九四四年、三年生の頃、戦況は急を告げ、東京は食料難、半ば空き腹だ。当時十人位のグループで各科を廻って実習して居た。ある日、指導のH助教授が、夕方お宅に招いて下さり、皆でおじゃがを御馳走になり、大変楽しかった。先生も御満足、「みんな久しぶりに満腹して良かったね!人間社会、色々ややこしい事が多いが、元々は単純なのだ。互いに友として交わり仲良く暮す。みんな兄弟、分け隔てをしない。それでいいのだ!」単純、善良な先生!所が先生、言葉をついで、「万一、どうしても従わぬ者が居れば、已むを得ない。打倒するのみ!」と仰言った。


私どうした弾みか、日本の中国侵略の事で心が一杯だった為か、突然「先生、その場合情況をよく考えなければならないと思います。万一、強盗が人家に侵入して抵抗された場合、どちらが悪いのですか?」と言って了って、自分でハッとした。明らかに日本を強盗にたとえて居るでは無いか!とんでもない事を言って了った!もう後の祭り!途方に暮れた。所で、さすがは先生、怒りもせず落着いて、「僕の言ったのは一般論で、極端な特例には適用出来ないよ。」と言って下さった。更に意外にも、列座の級友も平然として居るでは無いか!やっと安心!案外当座の雰囲気を乱す事なく、楽しき集いを終えた。


半世紀後、卒業五十周年記念会の席上で、私は昔、時として失言した際、皆様が寛大にお含み下さり、感謝に耐えないと挨拶したら、何人もの級友から、失言なんて、そんな記憶は無かったとの事であった。矢張り苦しい家計の中で、無理して東大に進学した甲斐が有った、感謝!良き先生と良き友人に恵まれた!


三 級友M君

同級のM君は、一度満州の建国大学に入ったが、帰国して東大に入り直した。大の愛国者なのだ。ある日、私は呼び止められて「説教」された。


「君は台湾出身だね。天皇陛下をどう思うか?」「それは国民たる者、元首として尊敬してますよ!」「標準的な答案だが、全く冷たい、感情が無い!我が天皇は天孫降臨以来、日本のみならず、天下に御光を輝かせる御方なのだ!」「君はクリスチャンの様だが、一体天皇とキリスト、どちらが偉いか?」「人間と神様、どうして比べる事が出来る?比べ様が無いでは無いか?」「何だと!君は天皇を人だと言うのか?それは不敬だぞ!」「何?天皇は人で無いと言うのか(人で無し)?それこそ不敬極まる!」「君は理屈をこねるのはうまいが、思想が悪い!君のキリスト教、先生は誰だ?」「矢内原先生」「道理で思想が悪いと思ったよ。先般ある講演会で彼は、日本の将来は神の義に従うか否かによって決まると言ったので、僕は立ち上って反対を表明した。我が国の前途は洋々、皇運無窮なのだ!」「君は困った人だが、級友だから、僕は密告しないよ。只よく言葉に注意せよ、危ない。」彼も根は正直者で、戦後の校友会誌に従来の不明と、前途の失望を表明した。


結語

 真の愛国は正義と平和に基づくもの、善隣友好、国際協調と矛盾しない。内村先生は、「我は日本の為、日本は世界の為、世界はキリストの為、そしてすべては神の為」と言われた。我等も台湾と中華民族の為、世界人類の為、キリストの為、神の為に生きて行くべきである。真の愛国は、神を愛し隣人を愛するキリストの教訓に一致するのである。弱肉強食、自然淘汰は禽獣の道、四海同胞、和平共存は人類の道なのだ。

(元理事)

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