喜びに溢れた人生 /陳如瓊-(128)

私は陳如瓊と申します。台北県生まれで今は桃園に住んでいます。今から私の証しをお話したいと思います。


 私は五歳の時に母を亡くしました。母は二十六歳で私達三人の姉妹を残して、サッサとこの世を去って行きました。私が六歳の時に新しい母を迎え、七人の弟と三人の妹が生まれました。私が長女です。

厳しかった父は、壁に大きな紙を張っていました。


一、        身体を鍛える事。

二、        親孝行せよ。

三、        如何なる苦しみがあっても我慢せよ。

四、        新しい母に日本語を教える事。

五、        弟と妹の学業などの面倒を良く見る事。


私は父の教えに従い、母にも孝行し生きる為に一生懸命頑張って来ました。

貧しい家庭、忙しい毎日、朝は四時に起きて一籠の弟妹達の着た服の洗濯に行き、或いは花摘みに、週一度は野菜を売りに行きました。家に帰った後、二十分経ったら学校は遅刻になってしまうので、ゆっくり朝食を取る時間はなく、手にカバンを掴むと学校に走って行きました。


昔の写真を見る度に、どんな苦しみに出会っても耐えて来たなあ、笑った事も少なかったなあと、つくづく感じます。しかし、今は毎日楽しい日々を過しています。もし暗い雲がなかったら、美しい虹は見えなかったでしょう。


夜は弟達の勉強を先に見てあげてから、自分の勉強をしました。学校の生活は本当に楽しい思い出です。先生によく可愛がられた事、今でも感謝の気持で一杯です。


五年生の時は大東亜戦争で毎日が防空壕、空襲警報でした。戦争が終って、私は高等科を卒業しました。十八歳で就職、仕事は台北県二重埔製革加工工場の会計でした。光復後は中国語を話すのに一生懸命でした。小さな講習所で習いました。私は語学が好きなので嬉しかった事を覚えています。弁護士の書記になった事もありました。


私の主人は弟達の先生でしたが、私達はお見合いで結婚し、三人の娘を授かって、既に二人は嫁いでいます。


長女が大学時代キリスト教に導かれ洗礼を受けた時、私は驚きました。もし伝統の仏教を拝まなかったらと心配しました。しかし長女は一生懸命に祈り続け、我が家は段々に朗らかになり、家族全員が各々職に励んで、平安そのものになりました。


長女は信仰により立派な婿と結婚。結婚後、夫婦揃って留学し戻って来ました。長女も二人の娘を授かりました。また家族の一員となった婿は、私を教会へ連れて行ってくれました。


末娘(三女)は結婚して、息子を授かりました。この三人の孫達は、今中学生と小学生で、夫々真面目に勉強しています。

私は現在教会で子供達に聖書の歌などを教えたり、養老院や精神病院・中学校等で生命教育等を、一緒に学ぶ気持でボランティアとして、ご奉仕させて頂いています。この事を通して私の人生は、黒と白だけでなく彩りのある人生だと、神に感謝しています。

十年前から我が家を集会の場として開放し、沢山のクリスチャンが毎週日曜日と木曜日に、必ず集まって来ています。そして詩歌や聖書を一緒に勉強しています。八年前神の愛と祝福で、私はアメリカへバイブルの勉強に行きました。

本当に有意義な人生、喜びに溢れ充足された人生、希望のある人生を神様に感謝致します。

ヨハネによる福音書 三章:十六節


「神はその独り子をお与えになったほどにこの世を愛された。」

神様は私だけでなく皆様一人一人を愛しています。

玉蘭荘で紹介されて、毎月の第一・三週の木曜日は臼杵牧師の日本語によるバイブルクラス(カナン教会)にも参加し始めました。神様に感謝致します。


最後に、神の恵みにより、玉蘭荘のご祝福並びに皆様方の益々のご健康をお祈り申し上げます。

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