許石枝長老を偲/多田久子(宣教師)-(130)

「人生の海の嵐に、もまれ来しこの身も、不思議なる神の手により、命びろいしぬ。いと静けき港に着き、我は今安らう。救い主の手に在る身はいとも安し。」


キリスト者として、公私共に多難な人生を歩み貫かれた許長老を偲びながら、讃美歌の一節を思い出して、在りし日々を思いながら一人口ずさんでおります。


許長老にお会いしたのは、一九八〇年私が八里の楽山園に赴任した時でした。理事会の度に、意欲的に理事として関わって下さったお一人でした。その後、台北に出て、「聖書と祈りの会」で働くようになり、十年後、玉蘭荘の創設に当り、理事会を組織する必要に迫られた時、適任者として私の記憶の中に浮んだのが許長老でありました。


その時以来、大きな重荷を背負って下さり物心両面より、多大な犠牲を献げて下さって理事長として、お働き続けて下さいました。

今日の玉蘭荘の存在が、大きく許長老の労苦に依存して来た事は、共に労して来られた方々が周知の事であると思います。


教会はもとより、社会の為、国の為に、生命を賭して仕え続けて生きたキリスト者として、心に深く銘記しております。


主が短い間でしたが、許長老との交わりを許して下さり尊いキリストの証人として、手本をお示し下さった事を心から感謝しております。


日本の圧政に苦しめられながらも、何人かの良き日本人との交流を、いつまでも忘れることなく、私達日本人に対しても、深い親愛をもって、お助け下さりお交わり下さった事は、決して忘れる事はありません。


許長老、ありがとうございました。最後まで玉蘭荘を愛して、お支え続けて下さったご恩に深くお礼申し上げます。再びお会いできる日を楽しみにしております。


            二〇一一年 三月二〇日

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