「蘇慶輝牧師を偲んで」/陳慧如 牧師-(138)

主人(蘇牧師)が主に召されてから間もなく二ヶ月になりますが、今でも毎晩主人の事が思い出され、眠れない日々が続いています。去年一年間で四回も大手術を繰返し、馬偕病院と自宅の泰山と入退院で慌しい月日を過ごし、心身共に疲れが出て来ました。

 彼は生命力旺盛、体力、毅力(気力)、努力に燃えた人で、生前ロサンゼルスの医師から運動して歩くよう言われ、一日一万歩(万歩計)速足で毎日欠かさず実行して来ました。

 四年前(二〇〇八年)馬偕病院外科医師より悪性腹腔腫瘍と宣告され、今日迄四年間悪性の癌と戦って来ました。全部で五回も手術をしたのですが、三回目の手術前医師がわたしたち家族に、主人はICUから出て来るのは難しいでしょうと言って居られ、「危篤」の通知がありました。しかし、主人は無事にICUから出て来ました。そればかりでなく、第四回目も同様、「危篤」の通知がありましたが、又ICUより出て来ました。第五回目の手術前家を出る時、今度こそは最後だと自分も覚悟の上で天国に帰る準備、衣服、靴等整備して病院へ持って行きました。


 流石は牧師で長女の忻愛に長い間の看護その他のお礼を「ありがとう」と愛情と感謝の意を述べたのでした。先にも述べた通り、主人は責任感が強く生命力と毅力、意志力に燃えている人でしたので、妻と二人の娘を残して、ひとりで先に逝く事は出来ないと思っていたから、病状宣告、「危篤」通知されてか
らも四、五年長く生き残る事ができたのでしょう。アメリカの病院に務めている次女怜愛の話によれば、この悪性腫瘍に患った人はたいてい長くて一年~半年位で逝ってしまうのが普通だと同僚たちが言っていました。これは神様の御恵と台湾、日本、アメリカ各地の教師、長老、執事、信徒達、兄弟姉妹のお祈りに支えられたからです。

 主人が入院中何度も玉蘭荘の兄弟姉妹、理事たち多くの方々のお見舞い及びきれいな織り鶴をお贈りいただき有難うございました。又告別式に際しても多くの方々の慰安金の数々心より厚くお礼申し上げます。願わくは主の御祝福と御導きが玉蘭荘の皆様の上に豊かに在りますよう心からお祈り致します。


 最後になりますがお見舞いの際、お送り頂いた色とりどりの綺麗な鶴が今でも客間につるしてあります。毎日織り鶴を見ては皆様の愛のこころ、いたわり、やさしさ、思いやりの心を偲んでいる此の日此の頃です。

 主人は金山の平安園の牧師区域に埋葬しています。(七の二一の四)そのお隣が鄭陳淑文牧師夫人(鄭連徳牧師夫人七の二一の三)です。わたしたち二家族は良い仲間牧師、後日も又良きお友達、天国で又お逢いできます。嬉しい哉、楽しい再会の日を。 


蘇慶輝牧師の人柄は、

一、忠誠盡職 

二、時間厳守 

三、服装整齊 

四、ユーモア楽天


蘇慶輝牧師 学歴経歴 


一九三〇年十二月十五日出生 新店碧潭の近辺

一九三六年         新店尋常高等小学校入学

一九四三年         新店尋常高等小学校卒業

一九四三年         台北第二中学校入学(改名成功)

一九四九年         台北第二成功高中卒業

一九五〇年         大同小学代用教師

一九五一年         台湾神学院入学

一九五五年         台湾神学院卒業

一九五五年~一九六七年   花蓮市美侖教会牧師

一九六七年~一九七九年   台北市城中教会牧師

一九七九年~一九八八年   日本東京台湾教会牧師

一九八八年~一九九一年   アメリカ 芝城台湾教会牧師

一九九一年~一九九二年   アメリカ 好牧者教会牧師

一九九二年~一九九五年   アメリカ 弥和教会開拓牧師

一九九五年~一九九八年   日本千葉台湾教会牧師

一九九八年~二〇〇〇年   新北市泰山台湾教会牧師

二〇〇〇年~二〇一〇年   新北市光啓高中活泉教会

二〇一〇年引退       合計 牧会五十六年 

二〇一二年十一月二十六日十五時十七分 

主に召され天国に帰る。

(享年八十二歳)

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