今日は他人の身、明日は我が身/黄林春枝

集まりの会へ参加する度に、痛いほど耳にしますのが、だれだれさんが転んで足の骨を折って参加できないの...、或る人は関節炎で手術して家で静養中...など、足と関係した話が多い。年を取ると大部分の人は、骨粗しょう症になっている。転ぶと必ずいろいろな異なった痛さの土産が伴う。歩くときは注意しましょうね、と互いに話し合います。

私は自分の元気な足に、いつも神に感謝しておりました。未だ、エスカレーターの上り下りには、若い子等の後について歩いていましたし、一年に二回、アメリカと台湾とを一人で飛行機に乗って往来していました。今回も五月に、アメリカから舞い戻ってきたところで、それが我が身に降りかかりました。神が私に与えた素晴らしい警告だったと思います。

玉蘭荘に行くために、足早にバス停に向かう途中、急に重心を失い、強い衝撃で両手は地面につき、足の甲の痛さのあまり暫く起き上がることが出来ませんでした。そばに一人もいなかったので、この様な無様な格好を誰にも見られなくて良かったと、ホッとした覚えがあります。いつも歩きながら何かしら考える悪い癖が、不注意を起こしたに違いない...。その時は捻挫くらいだろうと簡単に思っておりました。バスが来たので元気を出して足を引きずりながら乗車しました。竹圍でMRTに乗り換え、シルバーシートの席に立ちました。五十歳くらいの男性が、無心にスマホを滑らせ前に立っている私に見向きもしません。右手は吊り革にしっかりとつかまり、左手は荷物を持っているので、電車が揺れるたびに足の指に重みがかかり、痛む...。少し離れた斜め横に立っている中年女性が、盛んに目で私にサインをしている...席を譲って貰いなさいよ!と。私はその意味を悟って彼女に微笑を返す。横に座っていた白髪交じりの男性が、見かねて私に席を譲ってくれたのには、感謝しました。

玉蘭荘の扉を開いて入った時、渡部総幹事始め、兄弟姉妹等の驚異的な視線が、私のびっこ姿に一斉に向けられた時、ちょっと照れて恥ずかしく思いました。奥のソファで休み、スタッフやボランティアの皆さまが事情を知り、親切に心配してくださり、腫れて膿みだした足の甲にアイスノンを持って来て冷やしてくれました。冷たさで痛みが薄れ、感謝でいっぱいでした。陳研さんが来て、医者に見せた方が安心できるからと言って、階下の二軒隣にある、骨科(中医)の診療所に手続きをしてくれ、三十分後私を伴って連れて行って下さいました。骨の亀裂の疑いがあり、X線を撮るように言われてしまいました。

私は医師の家に生まれ、たった一人の兄も医者になりました。父の三人の兄弟も、いとこ達も皆医者なので、親戚は医者の集まりの様です。私は神の恩恵を受け、健康で、丈夫な身体を戴きました。父や兄に面倒をかけた思い出は一つもありません。病気をしても、近くの薬局で薬を買い、二、三錠飲めばすぐに治る身体でしたので、簡単な病気はみな、自分で治療します。病院に行くのが一番嫌いな私は、健康検査の通知が来ても行った事がありません。八十近くになって、親友、兄弟姉妹達が自分の健康に対して真剣に向き合っている姿に私も自覚し、この五、六年は、健康保険カードもありますので、淡水の診療所で、月一度はお世話になっております。

骨科(中医)の診療所の医師に、X線と言われ、何処へ行けばいいの?嫌だなあ...と悩んでいましたら、ボランティアの羅芳玲さんが身を乗り出し、私の母が在世中通っていた病院がこの近くにあって、X線も撮れるし、有名な医師も揃っているから...と言って、昼の早番診療に間に合うように、先に病院に行って手続きを取って来てくれました。また、ちょうど玉蘭荘に一台の車椅子が備えてありましたので、それに乗って、羅芳玲さんに押していただいて診療所に向かいました。広い診療所の中を、重い私の身体を乗せた車椅子を押して、エレベーターで上り下りも厭わず、熱心に、私のために尽くしてくださる、この偉大な愛に、本当に頭が下がる思いでした。診察の結果、軽い骨の亀裂が見られました。こんなに早く処置できましたことに、深く神に感謝しました。

玉蘭荘から家に帰る前に、羅芳玲さんが私に、今後のケアのアドバイスを教えてくださいました。そして、一人住まいの私を心配して、淡水の家まで送ってくださると言って頂きましたが、一人で大丈夫、と、腫れと痛み止めの薬を手にし、タクシーに乗り込みました。遠ざかる車の中で、彼女の姿は、私には、神が遣わしてくれた天使のように見えました。
この度は、私の不注意で起きた事故です。この経験で私は、神の特質で最も際立っておられる、愛を、玉蘭荘で実体験させていただきました。私に愛を下さいました、お一人お一人の皆さまに感謝を申し上げます。

神は愛  (ヨハネの手紙十四章七、八節)  
黄林春枝 作曲

 愛する者たち 互いに愛しましょう
 愛は神から出るもので
  愛する者は、皆神から生まれ
 愛を知っているからです
  愛する事の無い者は 神を知りません
神は愛だからです

(会員)

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