ボランティアさんのリレーコラム—玉蘭荘とフラダンスと私/島田法子

2022年1月から玉蘭荘でボランティア活動に参加させていただいております、島田法子でございます。私は台湾に住んで今年で14年目になります。

玉蘭荘という団体があることは、何となく耳にしておりましたが、どんな組織で何をしているところなのか?自分から理解しようとはしていませんでした。

きっと、今まで玉蘭荘と関りを持たなかったのは、ボランティアの意識そのものが今までの自分にはなかったのだと思います。

では、なぜその私が玉蘭荘に足を運ばせていただくことになったかといいますと、ご近所に住んでいるお友達の重金優子さんが、総幹事を任されることになったと聞き、私にできることはないか?と考えるようになりました。そして、重金優子さんのお手伝いができればと思い、玉蘭荘のボランティアに参加することにしました。

玉蘭荘はいったいどんな場所で何をしているのだろう?と頭の中は疑問符でいっぱいのまま扉を開けると、そこには、とてもお元気な紳士淑女の会員の皆様がいらっしゃいました。

私は小さいころから祖父母と関わった思い出がほとんどありません。私の両親は、ふたりとも東京出身で私には田舎がありません。父方の両親(つまり私の祖父母)は私が生まれたときには天国に行ってしまっていました。母方の祖父母と接することはありましたが、今の私を存じ上げてくださっている皆さんから想像がつかないと思いますが、子供の頃は引っ込み思案で人見知りだったのです。そのため、ほとんど会話をした記憶がないのです。

現在、私が玉蘭荘で会員の皆様とお会いしてお話をさせていただけることがとても嬉しく、子供の頃にできなかった経験をさせていただいているようでとても幸せな気分です。

今年から、フラダンス講師として会員の皆様に「フラ」(ハワイ語で舞踊の意味です)を教える立場になりました。今年の二月から活動内容に組みこむために、優子さんから昨年の十一月からすでにご相談をいただいて、私のフラダンスの先生「クム」(ハワイ語で私が習っている家元の先生の意味です)に、会員の皆様に教える事の許可を得て、曲は会員さんがカラオケで歌っていらっしゃった「涙そうそう」にしようと決めて、腕の動きと足の動きを歌詞に合わせてオリジナルの動きを私が考えました。

会員さんから、「先生はどのくらい習っていらっしゃるの?」とご質問をいただくのですが、私がフラダンスを始めたきっかけは、私の母親が先にフラダンスを習っていて、地域の活動で発表会があると、そうですね、今から二十年前でしょうか(今振り返ってゾッとしました)観客として、母の晴れ舞台を見に行ったのです。すると、まあ楽しそうに踊っているではありませんか。娘として何だか嬉しくて、私も習ってみたいと思ったのです。それが、私がフラダンスを習うきっかけとなりました。

そして、私は台湾に来てからフラダンスを習いまして、子育て中はお休みをしたりしましたが、七年間フラダンスを習っています。最初はとても難しくて、身体の動きがいう事を聞かなくて、何度も挫折しそうになりましたが、「継続は力なり」とは本当にあるものですね、今が一番楽しく、また上達したいと思って努力しています。

フラダンスはハワイの舞踊です。ハワイ人の起源はポリネシア人であり、台湾の原住民もまた、ポリネシア語族と考えられています。日本と深い関わりのある台湾で、台湾と起源が共通のハワイ人の舞踊を会員の皆様と楽しむ時間はとても特別な感覚がいたします。

そして、フラには神様に捧げる祈祷を表現するとても神聖なものでもあります。授業中に会員の皆様にお貸ししているスカートを「パウ」と呼びますが、この「パウ」のはき方は、神様に敬意を表すために、頭からかぶります。脱ぐときも上に引き上げて頭から脱ぐようにします。これが正しい着脱方法です。生地をたっぷり贅沢に使っている「パウ」は少し重くて、穿くと暑いですが、授業の時に会員の皆様が穿いてくださるのでとても華やかになって、楽しい授業になります


玉蘭荘で会員の皆様とお会いできて、一緒にフラダンスができるご縁に感謝いたします。
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