ボランティアさんのリレーコラム—玉蘭荘での大切な時間/木下桂

皆様こんにちは!ボランティアにてお世話になっております木下桂と申します。

ボランティアとしては本当に1年半ほどの短い期間でしたが、皆様には大変お世話になりました。また、思いがけず次男の木下拓海と一緒に活動できたこともよい思い出となっております。

ボランティア歴は短いのですが、玉蘭荘の事は以前より存じ上げておりました。○○さんがボランティアしているよ。バザーもやっているって。「さんご」にもいつもお知らせが載っているよ。などです。そんな中、国際日語教会にてお友達の長野深雪さんから誘われ、すきみどり牧師からも誘われ、「一度行ってみない?桂さんが思っている高齢者の活動とは全く違うからね。」と言われたのです。

果たして実際に行ってみた印象は?全く予想だにしないものでした!まず、玉蘭荘が1989年に堀田宣教師らによって建てられた35年もの歴史があるということ。そして、午前中には様々な牧師によって日本語及び台湾語で礼拝に時間があること。午前も午後もとても興味深く楽しい活動が揃っていること。そして何より、会員さんの年齢を聞いてびっくり!そのお元気な様子にびっくり!美しい日本語にびっくり!驚くことばかりでした。

以前も台湾に住んでいたことがあり(2005年から2012年まで)台湾の方の印象は「一定の年齢以上の方は日本語が話せる」「日本や日本人に好意的な人が多い」「困っている人がいるとすぐに助けてあげる」などの少なくとも私にとってはいい印象が多かったと記憶しています。それが今回の台湾駐在期間に玉蘭荘や国際日語教会を通してなぜ日本語が話せる高齢者が多いのか?なぜ一つの家族の中で話す言葉が異なっているのか?なぜ台湾以外の国に息子や娘が住んでいる家族が多いのか?など、改めて台湾の歴史をたくさんの方から教えてもらいながら学ぶ事が出来ました。そして実際に話を聞き、色々な写真や思い入れを持って保管している様々な品を見て触って、これまでの自分自身の認識の甘さ、理解不足を思い知らされました。そんな大変な歴史の中で生まれ育ち様々な苦難を乗り越えている方が集っている場所が、ここ玉蘭荘だったのです。ある会員さんが「今までいろいろあったけど、でも今ここに来てたくさんの友だちに会い活動をするのが本当に楽しいの!」と、おっしゃった一言が忘れられません。

私は当初玉蘭荘に来ることを迷っていたことが恥ずかしく思われました。新しいことに挑戦する、行ってみる、やってみる事にはやはり勇気が要ります。でも、その第一歩を踏み出してみると、それによって得られる物が自分が思ったよりも断然多く、それによって今後の人生観すら変えてしまうものがあるという事を身をもって分かった気がします。

とても残念なことですが、この原稿が出るころには私は日本にいます。皆さんとお話したり、歌ったり、ゲームをしたりと楽しい時間を過ごせないのはとても寂しい気持ちです。それでも前回の台湾駐在のときの「楽しい台湾」だけではない「楽しい台湾+歴史や複雑さ、大変さ=より本物に近い台湾」を、私は実感を込めて日本の友人知人に伝える事が出来ます。そのことによってこれまで以上にお互いの理解が進めばいいなと、感じています。

玉蘭荘の会員さんのこれまでの人生は、決して平安なものではなかったと思います。当たり前の日常が自分の意志ではなく、ある日突然変わってしまう。歴史に翻弄された苦難も多くあった事と思います。その人生と比較することはできませんが、私も今落ち着いた平安の日常が日本への帰国という事で、環境が変わる、その事が非常に残念で寂しいと感じます。しかしそう感じるのは、すべて玉蘭荘を通し、また日語教会を通してたくさんの台湾の方や日本の方に出会えたからです。困難を経験し乗り越えてきた会員さん達が笑顔で、「いろいろあったけど、楽しかった!」と、話して下さった様に、私も今後の人生を歩んでいきたいと思っています。勇気をだして玉蘭荘に来てよかった!そして、皆さんにたくさんの勇気を貰えてよかった。また台湾に来ることがあったら必ず来ますね!ありがとうございました。
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