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水和さんの思い出/重金優子

今から二十年ほど前、私が玉蘭荘に来たばかりのころです。当時水和さんは七十歳になるかならないかくらいで、玉蘭荘の会員さん達の中では一、二を争う《若手》さんでした。もちろんフットワークもとても軽くて、活動日には、年上で足の悪い会員さんのお茶を入れに行ってあげたり、玉蘭荘で注文するお弁当では多くて食べきれないという人のために、外までお弁当を買いに行ってあげたりしている姿をよく見かけました。若い男性の会員が少なかったせいもあってか、水和さんにお手伝いを頼んでいる《お姉様方》は、彼のことを《玉蘭荘のぼうやちゃん》と呼んで可愛がっておられました。そして「ぼうやちゃん、お願いね」と言われると、水和さんはさっと立ち上がって部屋を出ていくのでした。

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玉蘭荘でボランティアを始めてから三年が経ちました。バザーも二回参加させていただきました。最初はいつも緊張がちでしたが、玉蘭荘の皆さんに色々助けて頂き、お蔭で徐々に馴染むことが出来ました。

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人生、これからが本番/理事長 都丸正夫

画龍点睛‐物事を完成するために、最後に加える大切な仕上げのたとえで、中国六朝時代、梁(りょう)の絵の大家張僧繇(ちょうそうよう)が都金陵(きんりょう)の安楽寺に四頭の竜の絵を描いたが、睛(ひとみ)を描き入れると竜が飛び去ってしまうと言って、睛を描き入れなかった。世間の人はこれをでたらめだとして信用せず、是非にと言って無理やり睛を描き入れさせたところ、たちまち睛を入れた二頭の竜が天に昇り、睛を入れなかった二頭はそのまま残ったという故事からきています。

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証し/羅梅妹

二〇一六年二月二十四日の夜、トイレに立とうとして、杖がすべり、尻餅をついてしまった。老人が転ぶということが、どんなに恐ろしいことであるか、この度の経験で痛いほど味わった。

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「若く明るい歌声に...」声高らかに歌い、手を振るお姿を初めて目にし、目頭があつくなったあの日から、早いものでもう七年。きっかけは、日本人会婦人部役員からのご縁でした。そのありがたいご縁のおかげで現在に至るまで玉蘭荘でボランティアとしてご奉仕させて頂いております。

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帰国に寄せて/山田英二

玉蘭荘での出会いと経験は、神様から私に与えられた素晴らしい贈り物でした。このように年を積み重ねていきたい!そう思わされる方々がたくさんいらっしゃいました。「お年寄りが一人存在するということは図書館が一つあるようなものだ」という言葉がありますが、玉蘭荘の皆様は知恵と慈愛に満ちていました。

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所謂「畫龍點睛」,是指完成一件作品,在最後拍板完成時,必須採取的重要步驟之比喻所說的一個成語。這個自古流傳下來的成語,其典故,是說中國六朝時代的梁國,有一位名叫張僧繇的繪畫大師,為首都金陵的安樂寺,畫了四條龍。因為大師以為,若為這四條龍點睛,牠們勢必顯靈,立即飛走,所以不想為這四條龍點睛。大家認為這是無稽之談,不于置信,大師免為其難,為龍點睛。結果,兩條龍點睛完成瞬間,立即活過來,向天飛舞,稍縱即逝。另外未點睛的兩條龍,卻不動如山地留下來了。

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我的見證/羅梅妹

二〇一六年二月二十四日的夜晚,我站立著正準備如廁時,手中的柺杖突然滑落,整個身子頓失平衡,臀部重挫打在地上。老人跌倒是怎樣可怕的事,這次讓我親身體驗到了。第二天,排泄竟然因此無預警的失禁,身心均受到極大痛苦。後來由孩子們的協助,住院檢查,經醫師的說明,才知道原來是因恥骨的強烈碰撞,使連接在背骨的神經分離,導致的狀況。事情發生至今八個月了,我仍無時不刻對這個初次發生的意外,懊悔不已。

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