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好的關係帶來祝福/理事長 黃春生

本人很榮幸擔任第十屆理事長,我視為這是上帝的呼召。三十多年前,「日本基督海外醫協會」(JOCS)派駐臺灣的宣教師堀田久子先生看到二次大戰前遠嫁到臺灣的日本婦人在子女長大後,因語言的關係,生活圈很狹窄,過著孤獨的生活。在她的信心之下排除萬難於一九八九年創立了一個提供銀髮族休閒與活動,充滿溫馨與關懷的老人活動中心「玉蘭莊」。這在當時算是「超前部署」,因為三十多年後的今天,我們看到臺灣進入高齡化社會,政府逐漸投入資源在照顧年長者。當時創建玉蘭莊的信仰前輩本著基督信仰的愛心,提供健康老化的支持團契,取代獨居或臥床的老化,這是非常有靈性的意義。


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追思黃澤南先生

黄澤南先生為台灣高雄出身,經傳年輕時曾經手漁業用品的買賣,退休後於一九九〇年和家人一起移居到台北。而後在一九九三年六月,在好友阿玉的介紹下加入了玉蘭莊。當時玉蘭莊的會員幾乎都是女性,夫婦雙雙入會的只有張明德先生賢伉儷,和黃澤南賢伉儷兩對夫婦而已。澤南先生留下的文章中曾寫到,加入當時,玉蘭莊的創立者堀田久子傳教士因在台灣的任期結束已返回日本,而當時玉蘭莊總幹事的任務就交棒給了日本基督教海外會(JOCS)派遣來台的大川記代子小姐。大川記代子總幹事十分熱情的迎接黃澤南賢伉儷,邀請夫妻倆參加各種活動並度過了一段又一段愉快的時光。另外,玉蘭莊的志工長馬場十寸穗小姐也一直用溫暖的笑容準備中午的熱湯與水果,手工藝指導的經營委員長鄭秀珠牧師夫人也在午後的時間裡為我們指導各位會員。黃澤南賢伉儷一直在這樣的環下和朋友們在玉蘭莊度過了愉快的時光。

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私は小さい時に日曜学校に通い始めて以来、歌の大好きな女の子でした。師範大学の音楽科を卒業した後結婚しましたが、三年後、長女の史佳が白血病を患い、あまりにも短い一生を終えて天に召されました。その後、生活の忙しさのなかで、歌好きだったはずの私は教会への足も遠のき、歌うことも忘れてしまいました。

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私は玉蘭荘で「羅さんの拾い読み」の講座を受け持っています。この講座は元々、会員の羅梅妹さんが立ち上げたものです。羅さんは客家人の性質を地でいくような、真面目で勤勉な方です。読書が大好きで、いつも玉蘭荘の書棚の前で本を読んでいる姿を見かけました。羅さんは、自分が感動し教えられた本の内容を、一字一字丁寧に大学ノートに書き写しては、何度も読んで自分で楽しんでいたのです。その内容のほとんどは日本のお話ですが、アメリカに住むお姉さんから送られて来るアメリカのお話もあったり、台湾の本から取られたお話もあり、実に多彩でした。


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大丈夫!?/理事長  都丸正夫 

運命は冷たい!二歳の姪に脳腫瘍が見つかり、手術をしたが、植物人間化し、話もできない立つこともできず、もって半年と言われたが、そこから七年生きて死去。台湾大学医学部を首席で卒業し、医者として頭角を現してきた時、肝臓に末期ガンが見つかり、妻と幼い二人の息子を遺して他界。結婚し妻が妊娠し、伝道師として胸膨らませていたその時、初産の息子が脳性麻痺で生まれ、経済的にももっと苦しくなり、ましてや精神的には追い詰められた生活を余儀なくされることに。運命は冷たい、残酷!

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我從小時候上主日學開始,一直是個很愛唱歌的女孩。師大音樂系畢業後,結婚第三年大女兒史佳明因白血病治療無效,仍在襁褓中的她回了天家。在那之後,因為生活中的種種忙碌,愛唱歌的我離開了教會、也忘記了歌唱。

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我目前在玉蘭莊負責「羅女士的文章拾穗」的講座。這個講座原本是會員羅梅妹女士所開辦的。羅女士是一位落實客家精神、認真且勤勉的婦女。她很喜歡閱讀,我常常看到她在玉蘭莊的書櫃前看書的身影。羅女士只要看到令自己感動、心裡覺得很受用的書,就會把內容一字一句地抄在筆記本裡,然後反覆閱讀,享受文章的內容。那些內容,大部分都是關於日本的事,但也有一些是住在美國的姐姐寄來的美國的故事,或是從台灣的書籍中擷取的故事,內容可說是五花八門。

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不會有事的!?/理事長 都丸正夫

命運真無情!兩歲的姪子檢查出腦腫瘤,雖然動了手術,卻成了植物人,無法說話無法站立,醫生宣告只剩下半年的時間,但從那之後又活了七年才離世。台灣大學醫學系首席畢業,正以醫師的身分開始嶄露頭角時,卻發現罹患肝癌,而且已經是末期,留下妻子和兩個年幼的孩子,撒手人寰。結了婚、妻子懷孕,以傳道人的身分胸懷大志想好好服事上帝的時候,頭胎的孩子卻一出生就腦性麻痺,生活被迫陷入經濟更加吃緊、精神也承受極大壓力的窘境。命運實在是無情、殘酷!

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